無になるということ

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日常

休息というのは心身共にリラックスして無になれる事。

緊張の連続の時間は頭がギューとなる。

神経を使っていると気が張り詰めて

頭の中もヘトヘトになる。

円形脱毛症になってから、

頭がギューとなる事に敏感になった。

嫌な場面や緊張する事があると

頭が締め付けられる感じがする。

こんな事、前からそれこそ子供の頃からあったと思う。

嫌な事でなくてもなる事だし。

通常であれば、

ぐっすり眠ったりはもちろん、

美味しい物を食べたり

気の置けない人とおしゃべりしたり、

所謂何か気分転換をすれば、

一時期の落ち込みの後は

元に戻って元気になった。

今はそういう事が出来る機能が私の中で故障しているのだ。

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通っているヨガで

雑念を消して『無』になるように言われる。

その瞬間、

『無』に徹してみる。

頭がスーッと楽になる。

でも持続が出来ない。

すぐにまた何か考えてしまう。

私は『無』になる練習が必要なようだ。

それでも、一時期は、

パワハラに悩み不眠もあったので、

その頃よりは今は大分マシにはなった。

眠れてはいるから。

当時は不眠はもちろん夢の中でも悩んでいたし、

朝から悩んでいた。

ちゃんと眠れてもいないのに、

朝からすぐに考え事をし続けていたら

脳が疲労するに決まっている…

とりあえず眠っている間に頭を空にして

翌朝にはフレッシュな頭でスタートしたい。

朝起きて何となくその日の準備をして

何となく始まる一日。

特にすごく良い事がなくていい。

そんな日々を送りたい。

故障している脳のリハビリ中です。

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