デパート等から来る新品の贈り物を頂くのは嬉しいものです。
綺麗な箱に並んでいる商品は取り出すのがもったいないくらいで、
暫く箱に入れたまま余韻に浸ってしまいます。
まぁあまり頂く機会はありませんが…。
結婚した相手の母親が、
結婚当時、日常品を段ボールに詰め送ってきました。
明らかに息子の好きな物が入っていました。
多少は私の好みも把握していたとは思うのですが、
あくまで息子の好物のオンパレード。
因みに結婚した相手と私は、食べ物の嗜好が全く合いませんでした。
お礼を言うのは私でした。
食品等の管理をするのは私なので、
お礼を伝えるのは当然です。
その箱には、
明らかに私宛の物は何一つ実際入っていませんでした。
私は何も食べてはいけないような気さえしていました。
まるで預かり物のようで
ちっとも嬉しくありませんでした。
私は手を付ける権利はないのに、
手を付けなければ、嫌味を言われました。
料理に使う物があったら、
使いましたが、
有難い事だと絶えず言わされました。
もちろんその分買わずに済む事もあったので、
助かる事もありましたが、
まるで義母からのメッセージがその箱の中に入っている気がして
嫌でした。
「息子のためよ。」
と。
私の母は私に対して思い入れもなく
そういう事はしなかったので、
私には分からない世界だったのかもしれません。
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でも、今は私に送ってくれる人がいます。
私の両親が亡くなってから、
私を娘のように可愛がってくれているおばちゃんが
私に荷物を時々送ってくれています。
本当に日用雑貨品で、
お米や果物や調味用やお菓子、御茶等
その時によって様々な品が入っています。
愛情が入っているのって開けた瞬間に分かるものです。
とにかく理屈なしで嬉しいのです。
私の事を考えながら詰めている様子を想像するだけで、
胸がいっぱいになり、
私にとって宝箱なのです。
一つ一つの品がキラキラしています。
誰かに何かを送る気持ちは
品物だけではく、気持ちも届ける、
そういう事だと思います。
送る相手に幸せも届きます。
あの当時の嫌だった義母からの圧力いっぱいの荷物があったから
余計に今、心にしみるのかもしれません。
おばちゃんは今、闘病生活をしています。
どうか、回復して欲しい。
祈りは伝わると信じたい。


