亡くなっても続く母の影響

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家族

晩年は料理をしていた母でしたが、料理は好きでも嫌いでもありませんでした。

私が物心ついた頃から、週に数日パートで働いていたため、私は母に代わり中学生くらいからよく食事を作っていました。

高校生の頃は帰りに夕食の食材の購入のためにスーパーマーケットに寄っていました。

とは言っても、作る物はカレーライス、シチュー、肉野菜炒め、生姜焼き、お好み焼き等、簡単なメニューでした。

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そして必ず作っていたのが、お味噌汁。

あまり私の事を褒める事のなかった母が、私の作るお味噌汁はとても褒めてくれていました。

今でも自分でも私の作るお味噌汁は日本で一番美味しいと思っています。

具は大根です。

シンプルですが、我ながら美味しい。

作る時に一貫して譲れないのが『だし』です。

市販のだしなのですが、そのだしは母が必ず使用していたものでした。

結局は母の味なのです。

そして、日本茶好きの私。

私が入れるお茶は美味しいともよく言っていました。

嬉しくて何かと日本茶を入れていました。

現在も日本茶は毎日必ず飲んでいます。

今思えば、褒めると私がせっせと家事をしたからなのかな、とも思いますが…。

話し方、思考、苦手だった母と似た事をしていると、自分でも「何で?」と思いますが、そんな物なのでしょうね…。

テレビを観ながらよく眠りについていた母。

私もテレビがついている中だとよく眠れる事があります。

たくさん洋服を持っているのに、家の中ではボロボロの着古しを着ていた母。

あまりに身なりがひどいと急な来客があった時に困るのですが…。

結局、私も同じように過ごしています。

これは極力直したいんですが、そういう格好が心地良くてなかなか直せずにいます。

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